暗黙知

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その他

知識獲得の難しさ:AIの壁

かつて、人工知能の研究は、人間の知恵を機械に教え込むことに大きな期待を寄せていました。特に、特定の分野に精通した専門家の知識をコンピュータに移植することで、まるでその専門家のように複雑な問題を解決できるシステム、いわゆる専門家システムの開発が盛んに行われていました。人々は、この技術によって様々な難題が解決され、未来はより便利で豊かなものになると信じていました。 しかし、この夢の実現は、想像以上に困難な道のりでした。最大の壁となったのは、人間の持つ知識をコンピュータに理解できる形に変換し入力する作業です。人間は経験や直感、暗黙の了解など、言葉で表現しにくい知識を豊富に持っています。一方、コンピュータは明確なルールやデータに基づいて動作します。そのため、専門家の頭の中にある知識をコンピュータが扱える形に整理し、構造化するには、膨大な時間と労力が必要でした。 具体的には、専門家へのインタビューを繰り返し行い、その内容を記録し、分析する必要がありました。また、関連する文献を調査し、そこから必要な情報を抽出する作業も欠かせません。さらに、集めた情報を整理し、論理的な関係性を明らかにした上で、コンピュータが処理できるような記号や規則に変換しなければなりませんでした。これは、まるで広大な図書館の蔵書を全て整理し、詳細な目録を作成するような、途方もなく複雑で骨の折れる作業でした。結果として、専門家システムの開発は、知識の入力という大きな壁に阻まれ、当初の期待ほどには普及しませんでした。
ビジネスへの応用

知識創造の螺旋:SECIモデル

現代社会では、知識こそが最も大切な財産の一つと言えるでしょう。会社などの組織は、常に新しい知識を生み出し、それをうまく活用することで、他社に負けない強みを作ろうと日々努力しています。知識を生み出すための方法や、その知識をうまく活用するための方法論は様々ありますが、その中でもSECIモデルは、組織の中で知識がどのように作られていくのかを理解し、その創造を促すための、とても有力な枠組みです。 SECIモデルとは、知識創造の過程を「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」の四つの段階に分け、それぞれの段階で知識がどのように変化し、組織全体に広がっていくのかを説明するものです。まず、「共同化」とは、個人が持つ暗黙知、つまり言葉で表現しにくい、経験に基づく知識を、共同作業や職場での交流などを通して共有することです。次に、「表出化」とは、共有された暗黙知を、言葉や図表などを使って表現できる形にする、つまり形式知に変換する段階です。この段階では、メタファーやアナロジーなどを用いることで、暗黙知をより分かりやすく表現することが重要になります。 三番目の「連結化」は、形式知同士を結びつけ、体系化することです。例えば、複数の報告書やマニュアルを組み合わせ、新しい知識体系を構築する作業がこれに当たります。そして最後の「内面化」は、組織の中で共有されている形式知を、個人が学習し、自分のものとして吸収する段階です。こうして形式知は再び暗黙知となり、個人の経験や技能として蓄積されていきます。 SECIモデルは、単なる知識の管理方法ではなく、組織全体の学びと成長を促すための土台となるものです。このモデルを理解し、活用することで、組織は継続的に知識を創造し、競争力を高めることができるでしょう。