計算の巨人、エニアックの誕生
第二次世界大戦は、様々な兵器の開発競争を激化させました。中でも、大砲の性能向上は戦況を大きく左右する重要な要素でした。より遠く、より正確に目標を砲撃するためには、複雑な弾道計算が不可欠です。しかし、従来の方法では、計算に多くの時間と労力を要していました。手作業での計算は、熟練した計算手であっても長時間かかり、わずかなミスが大きな誤差に繋がる可能性がありました。
このような状況下、アメリカ陸軍は弾道計算の効率化を図るため、革新的な技術の導入を模索し始めました。そこで白羽の矢が立ったのが、当時最先端の技術であった電子計算機です。ペンシルベニア大学と協力し、電子計算機による弾道計算の実現を目指すプロジェクトが発足しました。このプロジェクトは、世界初の汎用電子デジタル計算機「エニアック」の開発という、歴史的な偉業へと繋がります。
エニアックの開発は、戦争遂行のための必要性から生まれました。しかし、その影響は戦後社会にも大きな変化をもたらしました。エニアックの登場は、計算機の可能性を世界に示し、その後のコンピューター技術の発展に大きく貢献することになります。大量のデータを高速で処理できるようになり、科学技術計算をはじめ様々な分野で活用されるようになりました。まさに、戦争の悲劇的な状況が、思わぬ形で科学技術の進歩を促したと言えるでしょう。