機械と人間の得意不得意
人工知能というと、どうしても複雑な計算や膨大な量の情報の処理といった面が注目されます。実際、近年の人工知能の進歩は目覚ましく、チェスや将棋の世界では、もはや人間は人工知能に勝つことが難しくなっています。高度な思考や戦略が必要とされるこれらの分野で、人工知能は圧倒的な強さを発揮しているのです。
しかし、一方で、私たち人間が何気なく行っている動作、例えば歩く、走る、物を掴むといった行為は、人工知能にとっては非常に難しい課題となっています。子どもでさえ簡単にできるこれらの動作を、人工知能は未だにスムーズに行うことができません。高度な思考ができる一方で、簡単な動作が苦手というのは、まるで矛盾しているように思えます。この一見矛盾した現象は、モラベックのパラドックスと呼ばれています。
私たち人間にとって簡単な動作は、実は長年の進化を経て獲得されたものであり、非常に複雑な処理を無意識のうちに行っている結果なのです。例えば、物を掴むという動作一つをとっても、対象物の形や大きさ、材質などを瞬時に判断し、それに合わせて指の力加減や角度を調整しています。このような無意識の処理能力を人工知能で再現することは、現状では非常に困難です。人工知能の研究は、膨大なデータを扱うことや複雑な計算を行うことよりも、私たち人間が当たり前にできることを実現することにこそ、大きな壁があると言えるのです。
つまり、人工知能は特定の分野では人間をはるかに超える能力を発揮しますが、一方で、人間にとって当たり前の動作を再現することは未だに大きな課題となっています。この能力の偏りこそが、モラベックのパラドックスの核心であり、人工知能研究の奥深さを示す一つの側面と言えるでしょう。